【2662】常夏夜の灯火
2662 「沖千で屯所時代のほのぼの」ということで書かせていただきました!
リクエストいただきました祐様のみお持ち帰りOKでございます。
このような拙いものですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
▼こちらからどうぞ!▼
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空には煌々と淡い光を放つ満月が浮かんでいる。
夜の帳に月が上る時間だというのに、いまだにこの時期特有の肌にまとわりつくような暑さが残っていた。
気休めぐらいの気持ちで縁側に吊るした風鈴がリーンと涼やかな音を奏でている。
それだけでも気休め効果があったのか、少しだけこの暑さから開放されたような気がする。
だが、この暑さの中でも沖田はそれほど不快な気分ではなかった。
この暑さを緩和させるものが風鈴以外にも存在していたからだ。
「沖田さんは皆さんと一緒に島原へ行かなくても良かったんですか?」
沖田が手にしているお猪口に酒を注ぎながら尋ねたのは、沖田と同じように屯所居残り組みの千鶴だった。
沖田に”涼”を運んでくれるものの一つだ。
現在の沖田にとっての”三大・涼”--
一、風鈴の音色
二、喉を潤す酒
三、癒しを与えてくれる少女の存在
三つ目こそが最大の威力を発揮してくれている。
本来なら不快感の残るこの空間を穏やかなものへと変えてくれる千鶴へと沖田はちらりと視線を向けると、目を細め、口角を吊り上げ、含みのある笑みを浮べる。
「僕はこうして一人で静かに呑むほうが好きだからね。・・・まぁ、この間の可愛い芸者さんがいるなら行っても良かったかもねぇ」
「お、沖田さんっ!///」
「あれどうしたの、千鶴ちゃん。顔が真っ赤だよ?」
「し、しりませんっっ」
「そう?でも行かなくて正解かな。ここにお酌してくれる可愛い娘がいるからね。そういえば、あの可愛い芸者さんに似てるよね?本当に千鶴ちゃん知らない?」
「うーー、沖田さん意地悪ですっ!」
千鶴は頬をぷくーと膨らませながら、沖田の腕をぽかぽかと叩くが威力はない。
それどころか沖田の笑みを深くするばかりだった。
「あはは。そうやって可愛い反応する君が悪いんだよ」
「か・・・!?」
千鶴は”かぁー”と音がするのではと思わせるほどに顔を熱くすると、沖田の腕を叩いていた白い手を自分の顔へと移動させ真っ赤に染まった頬を包み込みながら俯いた。
対して沖田は項まで赤く染め上げている千鶴の様を肴にしながら酒がなみなみと注がれたお猪口を口元へと運ぶ。
そして束の間の静寂が二人を包んだ。
けれどその静寂は二人にとって居心地の良いもので、各々がその空間に馴染んでいる。
そんな居心地のいい空間へ誘われるかのように、生暖かな風にのって一つの灯が淡く光りながら二人の周囲を飛び回る。
その光に気づいた千鶴は羞恥を感じていたことを忘れたかのように顔をあげ、その”灯”を瞳に映した。
「あ・・・」
「あぁ、迷い込んできちゃったみたいだね」
「・・・・」
「どうかしたの、千鶴ちゃん」
「いえ・・・一人ぼっちなんて可哀相だなって」
「一人ぼっち?可哀相?なんで?」
「だって、きっと一人なんて心細いです」
「本当に君って・・・面白いよね」
「え?」
「こんなちっぽけな生き物にまで本気で悲しむなんてさ」
「・・・ちっぽけなんかじゃないです。短い時間を一生懸命に生きてます」
「・・・・」
「す、すいません。生意気なこと言って・・・」
やがて沖田は優しく笑むと千鶴の伏せられた目元へと指先を添えた。
「なんで謝るの?君が謝ることじゃないよ。一生懸命生きている生き物に”ちっぽけ”も何もないよね」
「・・・はい」
「(そういうところが・・・よね)」
「え、いま何て?」
「一人ぼっち・・・じゃなくて”一匹ぼっち”っていうのかな・・・まぁ、どっちでもいいか。小さな”灯”にも心痛める千鶴ちゃんにいいモノを見せてあげる」
優しい笑顔から楽しそうな笑顔になった沖田はそう言いながら飛び回る”灯”を手の中に捕まえ、火の代わりとでもいうように”灯”を提灯へと入れる。
そして、千鶴の細い腕を引っ張りあげると、すたすたと廊下へと出ていった。
片手には提灯、片手には千鶴という出で立ちで部屋を出て行く沖田の表情は子供のように何かに期待を満ちた色を含んでいる。
急に立たされた千鶴といえば、驚きと困惑の色を浮べつつ必死に体制を整えて自分の腕を引く沖田へと大人しくついて行くのだった。
が、表門まで来ると屯所の外に出ようとしていることに気づき、沖田へと声をかける。
「あの、外に出るのはまずいのでは・・・」
「なんで?僕と一緒なんだからいいんじゃない?」
「でも、皆さんお出かけ中なのに私たちまで出かけてしまったらまずいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ、屯所には山崎君たちがいるし・・・”鬼”のいぬ間になんとやら、だよ♪」
「土方さんのいない間になんて駄目です!許可もないのに・・・」
「僕はべつに”土方さん”とは言ってないけど?」
「っ!!」
「ふーん、千鶴ちゃんも土方さんのこと”鬼”だと思ってるんだぁ」
「ち、違いますっっ!!私はそんな・・・だって沖田さんがいつも・・・じゃなくて私はただ!・・・その、えーと・・・」
「僕はどっちでもいいんだけどね、もう出ちゃったし」
「え?・・・あぁ、いつの間に!?」
「今。あえていうなら、千鶴ちゃんが一人で一生懸命言い訳してる間、かな」
「そ、そんな・・・」
「出ちゃったものはしょうがないんだし、大人しく僕に着いて来るっていう選択肢はないのかな?・・・僕は一人でも行くけどね」
「うぅー。ずるいです、沖田さん!!ここで一人で戻るなんて言ったら”一人”で出歩いていることになっちゃうじゃないですか!!」
「うん、そうだね」
千鶴が恨めしげに沖田を見やると、”何の問題もないでしょ?”というように余裕の笑みを浮べている。
そう、問題はない。
”沖田に着いて行く”という選択肢を選びさえすれば・・・。
”一人で出歩く”という問題に関してはだが。
それにひとつ溜息をつくと、千鶴は諦めたように結局一つしかない選択肢の答えを告げた。
「分かりました。沖田さんと一緒に行きます」
「良かった。これで僕も君を斬らなくて済むね」
「っっ!!??」
沖田の言葉に驚いた千鶴は沖田の背中を見やる。
繋いでいる手はある種の緊張で熱くなっていく。
けして、甘い意味ではなく。
沖田にとってはささやかな力ではあったが、千鶴の手に力が篭った事に気づき振り返ると、可笑しげに声をあげた。
「ぷっ・・・千鶴ちゃんのその顔・・・あははは」
「あ、う、嘘だったんですか!?」
「うん、冗談に決まってるでしょ。僕が連れ出したんだからさ」
「酷いです、沖田さん!」
「あはは・・・でも、千鶴ちゃんも何気に酷いよね」
「私がですか?」
「だって、本当に僕が斬ると思ったんでしょ?」
「あ・・・ごめんなさい」
沖田の言葉で確かにそう思ってしまった自分に思い当たり、そんな自分に落ち込んだ千鶴は自分の足元へと視線を落とし、自然とその歩みを緩めてしまった。
沈黙が続き、二人の繋いだ手の熱さだけを感じる。
ふと沖田の歩みが緩められ始め、しばらくしてその足が止まる。
「・・・ごめんね」
「え・・・?」
「さっきの。そこまで悲しむとは思わなかったんだ。(少しだけ下を向いてくれれば良かっただけなんだけど・・・)君が、そう思うことは”普通”だから落ち込まなくてもいいんだよ」
繋いでいた手を離し、俯いたままの千鶴の頭へとその手を移動させる。
「それに僕は、千鶴ちゃんの悲しそうな表情じゃなくて、もっと別の表情が見たいんだけどな。・・・だから、顔をあげてくれる?」
「おきたさ・・・っっ!!!!」
沖田の言葉に千鶴は素直に顔をあげる。
そして、そこに見たのは---
千鶴はその黒曜の瞳を大きく見開き、口元を己の手で覆った。
「これが、僕が千鶴ちゃんに見せたかったモノだよ。」
悪戯が成功したような子供っぽい笑みを浮べる沖田--
と、
闇の中に浮かぶ眩いばかりの光の洪水--。
蛍の群れが思い思いに暗闇の中を輝きながら飛び舞い、その飛跡は光の筋となって幻想的な世界を作り出している。
しばしの間、千鶴はその幻想的な世界へと魅入った。
煌く灯が作り出す世界に、沖田の言葉に、千鶴の目元にはきらりと光るものが浮かぶ。
「綺麗・・・」
「どう、喜んでくれるかな?」
「はい・・・もちろんです!!」
「良かった。千鶴ちゃんなら喜んでくれるだろうなって思ってたんだ♪」
言いながら沖田は片手に持っていた提灯から自分たちのいた空間へと迷い込んだ”灯”を解き放つ。
提灯から開放された蛍は仲間たちの元へと飛翔していく。
まるで仲間たちとの再会に喜んでいるように。
「ほらこれで”一匹ぼっちの蛍”も寂しくないよ」
「はい」
千鶴の顔には満面の笑顔が浮かぶ。
それに呼応するように沖田の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
二人は寄り添いあいながら蛍たちの仲の良い様子を黙って見つめ続けていた。
夏の夜だけに堪能できる美しい灯の世界を--
【了】
††後書き††
祐様、リクエスト有難うございました!
「沖千で屯所時代のほのぼの」とのことでしたが、いかがだったでしょうか。。。(ドキドキ)
ほのぼのになっているかが激しく心配ですが(汗)
何かを間違えてしまったような。。。(大汗)
ともあれ、理空は楽しく書かせていただきました♪
ていうか、うちの沖田が勝手に動き回りました(笑)
よろしければ、貰ってやってくださいませ。
そして、調子に乗って↓におまけも書いてみました。
<おまけ>
幻想的な世界に目を奪われていた千鶴だったが、ふと何かに思い当たったのか沖田へと視線を移した。
そんな千鶴の気配に気づいていたのか、沖田も千鶴へと視線を移す。
「沖田さん・・・最初から分かってて?」
「うん、まぁね。この間、子供たちに遊んでもらってた時に見つけたんだ。結構穴場じゃない?屯所の裏にこんな場所があるなんて」
「え、裏!?」
「うん。裏にある雑木林を少し入ってきた所だけど、ここ。そうじゃなきゃ、蛍なんて屯所に迷い込んでこないよ」
「裏ってことは・・・じゃ、じゃぁ、わざわざ屯所の外にでなくても・・・」
「うん、裏庭から行けるね」
「っっ!!な、なんで」
「だって、裏庭からだと少し足場が悪いし。・・・なにより千鶴ちゃんの慌てた顔が見たかったんだよね♪」
すっかりいつものいじめっ子顔になった沖田はニヤニヤと千鶴を見やり、怒りに拳を握った千鶴はキッと強い眼差しで沖田を見やる。
「おきたさんなんて、大き・・・」
「だって慌てた顔も可愛いんだもん、千鶴ちゃん」
二人の声が重なる--。
千鶴の口が金魚のようにパクパクと口を動かしているがそれが音になって出ることはなく暫しの間の後、千鶴は己の小さな拳を解くとポソリと呟いた。
「本当に、ずるいです・・・」
「うん、知ってる。で、僕がなに?”大き”・・・?」
「・・・ずるい上に、意地悪です」
「うん、それも知ってる」
「・・・沖田さんなんて”大嫌い”・・・になんてなれません」
「うん、知ってる♪」
「・・・・やっぱり意地悪です」
「でも千鶴ちゃんも悪いんだよ?」
「え?」
「千鶴ちゃんが僕を”意地悪”にさせるんだから、ね?」
「どういう・・・?」
沖田はそれだけ言うと、再び光舞う闇へと視線を戻す。
千鶴はそんな沖田の横顔をしばらく戸惑いの色を浮かべた表情でジッと見ていたが、沖田の言葉の意味を聞くことが叶わないと悟り、千鶴もまた光舞う闇へと視線を戻した。
ある夏の夜の出来ごとだった--
【おまけ・了】