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それはある月の綺麗な夜の夕餉どき。
一本だけという約束で用意したお酒を、私は総司さんが差し出す猪口へとお酒を注いでいた。

「くすくすッ・・・そんなに緊張することないのに」

微かに手が震えていた私に総司さんが可笑しそうに笑い声を漏らした。

「何言ってるんですか、緊張するに決まってるじゃないですかッ！！」

私は少しだけムッとして眉を顰めながらそっぽを向いてしまう。
私は総司さんにお酌することに緊張していたわけではなかった。
それは総司さんも十分すぎるほど知っているはずなのに。
私が何に緊張しているのかを。
私は明日のことを考えると、緊張で食事も喉を通らないほどだというのに。
明日、この家に初めてお客様がいらっしゃることになっていた。

「・・・・・・ごめん、ごめん。ほら、機嫌直して千鶴」

総司さんは笑い声を止めると、背後から私の膨らんだ頬をツンツンと突く。

「・・・・ほら、そんな『ふぐ』みたいに膨らまさないで。まぁ、そんな顔も千鶴なら可愛いけどね」
「なっ！！？？」

私をからかう言葉なのにその声色は頬が火照るほどに甘い響きをもっていて、思わず総司さんの方へと視線を戻すと、そこには優しい笑みを浮べた総司さんの表情があった。

「・・・もう、本当に総司さんはズルイです」
「そう？そんなに可愛い反応する千鶴も悪いんだよ？ついイジメちゃうんだ・・・でもそうだね、ほどほどにしておかないと、ね？」

総司さんはそう言って悪戯っぽい笑みを浮べると、その手を私の腹部へと伸ばし、そっと触れる。

「早く紹介したいなぁ・・・・」

幸せそうに呟く総司さんの姿に私の心もほんわりとした暖かさに包まれて、この幸せを実感する。
先ほどまで緊張で堅くなっていた身体から余計な力が抜けていき、総司さんが与えてくれる心地よさに身体は弛緩していった。ゆっくりとした動きで腹部を撫でている総司さんの瞳は愛しみで溢れている。

「僕の可愛い奥さんと、この子を・・・・・姉さんに」
「総司さん・・・」

私が緊張していた理由である初めてのお客様――――それは、総司さんのお姉さん・ミツさん。
総司さんは私をお姉さんに紹介しようと、お姉さんに文を宛てていた。
総司さんの妻として、そしてもう一人、私の中に宿っている新しい命を――――。
それを聞いたときには涙が溢れるほどに嬉しかった。
総司さんはどれだけ私に嬉し涙を流させるつもりなのだろう。
春の暖かな陽射しの中で、私をお嫁さんに、家族になろう、と言ってその証に花冠くれたときも嬉しさで涙してしまった。
けど、総司さんはその時、こうも言っていた。

『少しの未来を君にあげることはできるかもしれないけど、僕は君に傷を残してしまうかもしれない――――それでも僕には君という存在が必要なんだ』

―――と。
だから、なのかもしれない。
『その時』が来たときに、私の哀しみが少しでも和らぐようにたくさんのものを残してくれようとしているのかもしれない。
私に『家族』を残してくれようとしているのだと思う。
婚姻を結んで直ぐに、総司さんは『子供が欲しい』と言った。
総司さんも私も不安がなかったわけじゃない。
この土地の清い水によって若変水の効果が消えていっているといっても、子供に何かしらの影響がでるのではないかと、子供までも『羅刹』になってしまったら、と。
でも、そんな不安を上回るぐらいに、私たちはこの子を欲した。

「大丈夫だよ」
「え？」

総司さんの腕がふわりと私の身体を包み込む。総司さんの香が鼻腔を擽り、私はトロンとなってしまう。
時々総司さんの香には沈静効果があるんじゃないかと本気で思ってしまう。

「心配しなくても、この子は大丈夫だよ。だってこの子に、千鶴と僕の愛情を嫌ってほどたくさん送ってるんだから・・・ね？」
「・・・・・・・はい」
「それに、姉さんも千鶴を絶対に気に入るよ」
「くすくす・・・・何で分かるんですか？」

絶対の自信を込めた総司さんの声に私は思わず笑みを漏らしてしまった。

「だって姉弟だからね、好みが似てるんだ。僕がこんなに千鶴のことを愛してるんだから、姉さんが千鶴を気に入らないわけがないでしょ」
「どういう理屈ですか？・・・そうですね、でも、気に入ってもらえたら嬉しいです」

総司さんの言葉に励まされて、心も上向きになった私はお義姉さんとの楽しい一時を夢想して笑顔を浮べる。

「・・・・・うーーーん、失敗したかも」
「何がですか？」

総司さんを見ると、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。

「・・・・僕の千鶴が姉さんに取られそうで、僕が面白くないかなぁ、って」

顎に手を当てて至極真面目な顔をして、そう呟く総司さんに私は一瞬呆気に取られた。

「うふふふふ・・・・・」

けど、次の瞬間には私の口からは笑い声が漏れ、その笑い声にムッとした表情を浮べた総司さんは何だか子供みたいで可愛い。

「・・・・・何が可笑しいわけ？」
「いえ、なんでもないですよ？」
「ふーん。千鶴は僕に隠し事する気なんだね」
「へ？」

あれ・・・なんかおかしな雰囲気になって・・・る？

「ねぇ千鶴、僕は、君の、なに？」

私の髪の毛を梳き、やんわりとひと房だけ手の中に包み込むと、総司さんはそれを自分の口元へと当てた。まるで私の香りを確かめるかのように。

「え？・・・あの、総司、さん？ど、どうしたんですか？？」

そうしながら私に向ける翡翠の瞳には艶を含んだ色が刻まれて、落ち着いたはずの私の胸の鼓動が早鐘を打ち始めてしまう。

「どうもしないよ？それより、僕の質問に答えて・・・千鶴」
「・・・・っっ！！」

私の耳元で掠れた声で告げる総司さんはズルイ。
”あの時”の総司さんの色っぽい表情を、身体の熱を思い出してしまう。
・・・総司さんのことだから、それを狙っているのだろうけど。
頭では分かっていても身体は反応してしまう。
散々、総司さんをこの身体に覚えさせられたのだから。
けど、それが嫌なのかと問われれば、答えは否。
――――むしろ、総司さんが私を愛してくれていることを実感して喜びを感じてしまう。
・・・・本当にある意味、始末が悪いと思うのだけど。終わりが見えないほどにこの愛しさは募っていくばかりなんだから。

「総司さんは・・・・その、わ、私の・・・」
「うん」

改めて、その関係を口にすることに羞恥を覚えてしまった。
総司さんと一緒にいることは、私にとって『当り前』になっていた。
屯所でお世話になっているときから一緒に居たのだから。
けれど、この関係の呼び名が変わったのはつい最近のこと。
と、いっても半年ほどは経ってはいるのだけど。

「私の・・・・愛する『夫』、です」

口にしたとたんに、頬がかぁーッと熱くなってしまう。

「そう、僕は君の『夫』だよね。だから、姉さんや、この子、大切な家族が増えたとしても、千鶴の一番は夫である僕だから。僕の一番も千鶴だから。忘れないでね？」
「総司、さん」

私の髪先に口づけながら、そう言った総司さんの想いが、髪の毛を通して私の身体中を巡って私の体内を満たしていく。
私もまた僅かに瞳を潤ませながら総司さんを見つめた。

「――――と、いうわけで、僕は『夫』としての務めを果たさないといけないよねぇ」
「・・・・・・え？」

たった今の、このしっとりとした空気が嘘だったかのような総司さんの楽しそうな弾んだ声に、私は虚を突かれて頭がついていかない。

「ど、どういうこと、ですか？」

なんだか、聞くのも怖い気がしないでもなかったけれど、聞かずにはいられなかった。

「んー。やっぱり『夫』としては、妻の緊張を解してあげないといけないよねぇ」
「は？・・・きんちょう？」
「だって、姉さんのことで緊張してるんでしょう？」

総司さんの大きな手が私の頬を包みこみ、翡翠の瞳が私をジッと見つめる。
総司さんの顔がゆっくりと近づき、私の唇に熱い吐息がかかる。
その先に濃厚な空気を予感した私はギュッと目を閉じてしまった。
次の瞬間、ふわりと口づけが落とされる。

「？・・・・総司さん？」

それは、私が予想していたのとは反対の、触れるだけの優しい優しい口づけ。

「んーーー残念だけど、今はこれで我慢かなぁ。大切な家族もいることだし、ね」

片目を瞑って、茶目っ気たっぷりの表情をした総司さんに、呆気にとられながらも自然と微笑みを浮かべる。
怒ったり、泣いたり、愛して、愛されて・・・・幸せで温かな空気に包まれている。

―――――――今日も、私は幸せな涙を浮かべた。


【了】

★♪★後書き★♪★
理空にしては珍しいグットEND後の沖ｘ千夫妻SSでございました。
楽しんでいただけていればいいのですが。。。。
それにしても、沖田夫妻を書くのは楽しいですね♪♪
余裕があれば、ミツさんの訪問編も書きたいなぁー。
（その前に、シリーズの続きとか、証言２とか、はじめてのお当番とかを書け！自分）

理空の戯言はさておきまして。
お読みいただきありがとうございました！！

 

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