恋 鎖 ~前篇~
悲恋ネタで沖千です。(一応、BADエンド後の話となります。)
前半はまだ明るいと思います。(冒頭は暗いですが)
血表現とかもでてきますのでご注意ください。
中篇でも血表現があるうえ、R15要素が本当にちょっとですけどある予定です。
(残りも近いうちにアップする予定です。)
あと、時代背景として色々間違っている部分もあると思いますが、ご容赦くださいませ。
それでもよければどうぞ!
▼読んでみる?▼
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僕と千鶴は出会ってからそれほど日は経っていなかったけれどお互いに強く惹かれていた。
それが僕と似た”誰か”の身代わりだったとしても、二人でいる日々は僕たちにとって”幸せ”と呼べるものだった。
けれど、その”幸せな日々”はあっけなく終わりを迎えた。
最後の時に僕が見た彼女の表情は悲しげな笑みで、彼女が最後に見た僕の表情も悲しげな笑みだっただろう。
彼女も僕も、お互いの笑顔が好きだった。
だからせめて”最後は笑顔で”・・・と言ったのは彼女で、僕もそれに頷いた。
「ごめんなさい・・・そして、約束を果たしてくれてありがとう、総司さん」
「ちづる・・・」
僕の手からはカタリと音をたてて赤い液体に濡れた銀色の小刀がこぼれ落ち、僕の目からは際限なく透明な液体が滴り落ちていく。
外からは煩いほどの警報音。
そして村の大人たちの怒声が轟いている。
遠くの出来事のように感じていたそんな雑音たちは徐々に大きくなっていく。
僕の耳が、頭がそれを認識すると、まるで比例するかのように僕の心にどす黒い渦が巻き起こるのを感じた。
なぜ、僕たちから”幸せ”を奪うのか。
ただ二人で密やかに暮らしたかっただけだというのに---
僕たちの出会いは、父親の生まれ故郷である山奥の小さな村へと姉と二人で疎開したことに始まる。
僕が徴兵されることもなく姉と二人で疎開することになったのかといえば、ひとえに僕に巣食う病のせいだろう。
本来なら、20歳になった僕も徴兵されて戦地へと向かうはずだった。
けれど、検査の結果は”戊種”。
僕は”肺結核”と診断された--
つまり、僕の病の治療も含めた疎開だった。
都心では空爆の危険が特にあったし、空気が良くないのは明白だ。
それに比べて山に囲まれているこの村は、都心より狙われる可能性も低く、空気も遥かに清浄だと言っていいだろう。
そんなわけで僕は山奥にあるこの村で療養することとなった。
まぁ、療養といえば聞こえが良いかもしれないけど実のところは所謂”隔離”。
僕のこの病は空気感染することもあって、病が発覚してからは誰も僕に近づきたがる人間なんていなくなった。
それどころか僕自身が”鬼”かなにかのような畏怖の目で見た。
例外といえば、僕の姉のミツぐらいだろう。
姉だけが熱心に僕の看病をしてくれていた。
病が発覚してからの僕自身の心情というと、実は健康だったときからさほど何も変わっていない。
生まれてからずっと、僕の世界は白黒の世界でしかかなった。
何をしてもどんな状況でも僕の胸にはポッカリと穴が空いたようなそんな空虚な気持しかなかったんだ。
だから、病気のことを知っても僕は”あぁ、やっぱりね”と思うぐらいだったし、様々な環境の変化に絶望を感じることは無かった。
この村で療養するようになったある夜のこと。
ふと窓の外を見ると、夜の闇を照らす満月が夜空に浮かんでいた。
まだ病の初期だということもあるのか、それともここの空気が澄んでいるからなのか、姉の看病のおかげかは分からないけど、だいぶ体調の良かった僕は満月に誘われるかのように散歩へと出ることにした。
もちろん、姉に気付かれないようにコッソリと。
人一人いない暗い夜道を満月の明かりだけを頼りに当てもなくただぶらりぶらりと歩んで行く。
久しぶりに身体全体で感じる外の空気は心地好くもあった。
気ままに歩いていた僕はいつの間にかある場所へと行きついていた。
「あぁ、ここのことかぁ」
目の前には、いつからあるのか分からないような古びた家屋が建っていて庭には枯れ果てた木が植えられている。
姉さんからチラリと聞いていた話が頭を過る。
なんでもこの村の外れには”鬼の住処”があるとか。
そこは古びた家屋で庭には枯れ果てた桜の木が植えられている。
そこに近づいた者は、鬼に食われてしまい二度と戻っては来ない・・・とかなんとか言っていたような気がする。
そんな伝承があるものだから村人は誰一人として近づかないらしい。
「ふぅーん、”鬼”ねぇ。どんな鬼なんだか」
確かに目の前に佇む家屋は満月の光を受けて異質な雰囲気を醸し出してはいる。
そのことが更に僕の興味をそそり、建てつけの悪い扉に手をかけて横へ引いていた。
すると、ガタガタといいながらその扉は開いた。
「お邪魔しますよ、鬼さーん。・・・なぁんてね」
真っ暗な家の中へ入り込み、目を凝らして注意深く進んでいった。
すると奥に淡い光が見える。
その明かりを頼りに奥の部屋まで行くと、その部屋だけ格子から注ぎ込む淡い月光に照らされていた。
そして、その月光の下には少女の寝姿があった。
艶やかな黒髪、瞳は・・・閉じられいるせいで何色かは分からないけど、肌は月光に照らされいるせいなのか青白い。
その青白い色をした少女の手は何やら小刀を握りながら胸元に置かれている。
随分可愛らしい”鬼”に呆気にとられながらも、僕の心には今までにないような高揚感を感じた。
「まさか、この娘が”鬼”?」
僕はその娘の側に膝をつき、柔らかそうな頬に指先を滑らせる。
けれど何の反応もない。
今度はその頬を軽く突いてみるが、それでも起きる兆しはない。
僕は一つ溜息をつくと、両頬をぷにと軽く掴み横に引っ張りながら声をかける。
「鬼さん、起きてよー」
「っっ!!!!!!?????」
「あ、起きた」
その娘の目がパチリと開かれる。
あ、黒曜石みたいな瞳だな、と思いながら僕はその娘に声をかけた。
「おはよう、鬼さん?よく眠れた?」
「え、え、えぇ・・・あの、あれ???」
「どうかしたの?」
「お、おきた、さ・・・ん?」
彼女の言葉に、僕の目には訝しげな色が浮かぶ。
そんな僕の表情に彼女も戸惑いを覚えたようだった。
「・・・確かに僕は”沖田”だけど、なんで君が知ってるの?」
「え?・・・あの、新選組・一番組組長だった”沖田”さんです・・・よね?」
「はぁ?新選組?なに、それ」
「・・・あの、今って慶応四年で・・・」
「昭和だけど」
「へ?」
「昭和十四年だよ」
束の間、僕と彼女の視線が交差する。
先に視線を外したのは彼女だった。
視線を落とした彼女は悲しげに言葉を口にする。
「・・・ごめんなさい。私、混乱してるみたいで」
「君、”慶応”とか言ってたよね?やっぱり”鬼”なの?」
「っっ!!!」
彼女は顔をあげると、その大きな目を見開いて僕を凝視する。
「あ、わ、私は!!・・・・・はい」
「ふぅん、”鬼”って長生きなんだねぇ。じゃぁ、ここに”人食い鬼が住んでる”って本当だったんだ?」
「ひ、人食い!?ち、違いま・・・・多分」
「”多分”ってどういうこと?」
「よく覚えてないんです。私が覚えてるのは・・・・さんが、おきたさんの・・・・」
彼女の瞳から大粒の涙が溢れだし、それに僕は柄にもなく戸惑いを感じた。
彼女の涙を見たくなくて声をかけようとしたけれど急にいつもの咳が出始めた。
「ちょっと、ど・・・ごほごほ・・・」
「っっ!!だ、大丈夫ですか、沖田さん」
僕の咳に過剰なほど反応した彼女は、涙を溢れだしたまま僕の側に来て優しい手つきで僕の背を摩る。
しばらくして僕の咳が止むと、彼女は涙を拭いながらポツリと自分の名を告げた。
「私は、雪村千鶴と言います」
「ふぅん、千鶴ちゃん、ね。僕は、沖田総司だよ」
「!!」
「・・・どうかしたの?」
「いえ、やっぱり私の知ってる”沖田”さんに似てるな、と思って」
「そうなんだ?」
「はい。それより、さっきの咳は・・・」
「あぁ、ただの”肺結核”の咳だから」
「”肺けっかく”?」
「んーー、確かちょっと前までは”労咳”だったかな」
「なっ!!!」
「ん、どうかした?」
「どうしたも何もないです!何で出歩いてるんですか!?」
「あれ、”鬼”もこの死病が怖いんだ?」
「そういうこと言ってるんじゃありません!!もっと自分の身体を大事にしてくださいって言ってるんです」
「え・・・」
「な、なんですか」
「ぷっ、あはははは・・・・」
「な、何が可笑しいんですか、沖田さん!!私は真面目に・・・」
「だって”鬼”の千鶴ちゃんが僕の身体のこと心配するなんて。しかも今会ったばかり僕のことをさ」
「今会ったばかりの人を心配したらいけないんですか!?」
「・・・・千鶴ちゃん、お人よしって言われるでしょ?」
「うっ」
「あ、図星なんだ」
「い、いけませんか!?」
「ううん、いいんじゃない?お人よしの”鬼”なんてさ。可愛いと思うよ?」
「か、からかわないでくださいっ!!」
「からかってなんてないよ?本当に。僕の知る”人間”なんかよりよっぽど・・・」
「沖田さん?」
「心配してくれてありがとう、千鶴ちゃん」
「はい」
これが、僕と千鶴の出会いだった--。
この時、優しく微笑んだ彼女の表情があまりにも綺麗で僕はこの時にはすでに千鶴に惹かれていたんだと思う。
だから僕は、体調の良い夜はコッソリ部屋を抜け出しては千鶴に会いにここに来ていた。
僕の満たされなかった心の隙間を千鶴が埋めてくれているのを無意識に感じていたんだ。
【後篇へつづく】