*第5話*動き出す闇(番外編)
時間はちょっとだけ遡って、お昼ちょっと前の保健室でございます。
(5話の冒頭よりほんの少し前~冒頭な感じ)
なんか山南さんが出張ってます(笑)
ほぼ、沖田と山南です。
では、ドウゾ!!
▼読んでみる?▼
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午前中最後の授業が始まったばかりであろう時間に気だるけな様子で廊下を歩いている男子生徒がいた。
――といてっも、ついこの間まで男子校だったこの学園は今も男しか居ない。・・・まぁ、一人だけ例外はいるのだが。
堅苦しいのが嫌いなのか、学校指定のネクタイを緩めておりシャツのボタンも上2つほど留めてはいない。
その男子生徒の向う先は、こんな気分のときには最適の環境を兼ね備えた場所だといえよう。
本来の使用目的からは大きく外れているのだが、そんなことを気にする男子生徒ではないようだ。
男子生徒は口を大きく開いて欠伸をしながら、何の気兼ねもなくガラリとその部屋の扉を開けた。
「山南さーん、眠いんで休ませてください」
サボリを堂々と宣言する、悪びた様子の無い声に山南は苦笑しながらも回転式の椅子をクルリと回して男子生徒の方へと身体を向けると、その長い足を優雅に組み直す。
「沖田君、何度も言っていますがここは仮眠室ではありませんよ。体調が悪いのでなければ教室に戻ってください」
ベットが常備されている最適な空間である場所、保健室にやって来たのは二年に在籍する沖田総司だった。
総司はヘラっとした笑みを浮べながら山南へ言い募る。
「堅いこと言わないでくださいよ、戻ってもどうせ自習なんですし」
もうすでにこの場所でサボる気でいるのか総司は山南へ断りも無く椅子へと腰かけている。
そんな総司に山南は、あぁ、と頷きながら何か納得したような表情をした。
「そういえばそうでしたねぇ」
ゆったりと椅子に座った総司は、机の上に置かれている”保健室利用者名簿”へとペンを走らせている。
保健医を目の前にしながらも理由欄へは”体調不良”と書き込む様子からは、まったくもって罪悪感など皆無のようだ。
「そうですよー。山南さんもこれから職員会議じゃないんですか?来週の”自然体験学習”の・・・」
――”自然体験学習”というのは、誰もがニ年になると参加しなくてはならない恒例行事である。
簡単に言ってしまえば、いわゆるキャンプだ。
基本、不参加は認められていない。――
保健室利用者名簿から顔をあげた総司の表情には、面倒だという思いがありありと刻まれている。
そして、机に肘をつくと溜息を漏らした。
「はぁー、面倒くさい・・・」
溜息とともに思わず漏れた総司の本音に、キラリと眼鏡を光らせ目を細めた山南の姿はある意味不気味だ。
「沖田君、不参加は・・・分かっていますよね?」
その不穏な空気を感じ取った総司は、うっすらと造った笑みを浮べる。
「あははは、嫌だなぁ・・・分かってますよー、ちゃんと参加しますってば。僕も山南さんのあの正体不明な薬なんて飲みたくありませんから」
ジッと視線を外すことなく総司と睨めっこを続けていたが、ふと表情を和らげると、仕方がないですね、というように溜息を軽く吐いた。
「・・・分かっているならいいんです。では今回は見逃してあげましょう。ただし、留守番をお願いできますか?」
お願いしますか?、と聞いていながらもその言葉には可の答えしか求めていないことが、その口調や視線らありありと伝わってくる。
「山南さんにはかなわないなぁ・・・分かりましたよ」
軽い調子で返事をしつつも山南の言いたいことを十分に理解しているのか、そのくらいの条件ならばと受け入れることにする。
なんだかんだ言っても最終的には、幼い頃から知っている山南には敵わないと総司自身も分かっているのだろう。
総司の答えに頷いた山南は、そろそろ時間だと言いながら扉を開けて出かけたところでピタリと歩みを止めた。
「そうだ、忘れてました」
座ったまま山南が去るのを見届けようとしていた総司は、山南のその言葉に怪訝な表情を浮かべた。
山南がわざわざ声にまで出したということは、総司に聞かせようとしてのことだろう。
緩慢な動きで再び総司の方へと振り返り、何でもないことのようにその事実を告げた。
「ベットで雪村君が寝てますから・・・異変があるようなら教えてください」
思ってもいなかった名前に、総司の脳裏には今朝の千鶴の姿が思い浮かぶ。
調子悪そうには見えなかったが、確かにいつもと違う雰囲気を感じていた。
最初はいつもと同じだったのだ。けれど、薫たちとなんやかんやとやっている間に千鶴の雰囲気が変わった。
表面的には何にも変わっているようには見えないだろう。
けれど、ちょっとした言葉の選び方が違うのだ。
その言葉の選び方はまるで――――そこまで考えて頭を振る。
一瞬で自分の考えを消し去って、山南へと千鶴の様子を尋ねた。
その視線はつい先ほどまでの緩いものから真剣なものへと変じている。
「雪村って・・・千鶴ちゃんは大丈夫なんですか!?」
いつもは冗談で自分の本心を隠してしまう傾向のある総司のその変化に山南は苦笑を浮べた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ただの疲労だと思いますから」
とりあえずは大事には至らないと分かってホッとすると、すぐに先ほど抱いた疑問が再び浮上する。
「・・・疲労?」
えぇ、と頷いた山南は落ち着いた声で今朝のあらましを告げる。
「今朝、教室に着いたとたんに倒れてしまったそうです。藤堂君が顔を真っ青にしながら雪村君を連れてきましたね。・・・軽々と雪村くんを抱きかかえてきてましたよ」
淡々とした言葉の運びだったが、後半の言葉に何かしらの意図があることは山南の様子を見れば分かっただろう。つまり、総司をからかっているのだ。
「・・・・へぇ、そうだったんですか」
総司もそれを分かっているからこそ常と同じ軽い調子の声に緩い笑みを浮べて言葉を返したのだが、無意識にほんの瞬間だけ薄く唇を噛んだ。
「おや。どうかしたんですか、沖田君?」
だが、山南はそんな総司の些細な変化も見逃すこともなく、意地の悪い笑みを向ける。
「・・・本当に、山南さんにはかなわないですよね」
本当に嫌になるなぁ、なんて困ったような笑みを浮かべて溜息をつく総司に山南もまた微笑む。
まだまだ子供ですね、と。
「なんのことですか?では、留守を頼みましたよ・・・あともう一つ」
廊下へと一歩踏み出そうとした山南は再び足を止めて真剣な眼差しを総司へと向ける。
「山南さん?・・・どうかしたんですか?」
何か逡巡した後、総司の疑問には答えずに言葉を選ぶようにしながら短く簡潔な質問を向ける。
「・・・・沖田君は大丈夫ですか?」
一瞬、総司は答えに詰まってしまった。
その簡潔すぎる質問が何を指しているのか分からないからだ。
保健室に来た理由は、眠いから、と伝えてあるし、現に眠いから来ただけで他意はない。
それは山南も理解している。――では、何が大丈夫なのだろうか。
「・・・・・」
答えに困って沈黙を保っていると、山南は眼鏡のフレームを押し上げながら、大丈夫なようですね、と微かに呟いた。
「では沖田君。雪村くんを頼みましたよ」
それだけ言い残すと、山南は今度こそ保健室を後にした。
山南が去った後、山南の様子に疑問を残しつつも総司は千鶴が寝ているだろうベットの方へと視線を移す。
倒れたという千鶴の様子が気になってしまい、開け放たれた窓から入ってくる心地良い風によってそよそよと揺らめかすカーテンをジッと見つめる。
シーンと静まったこの部屋。
カーテンを隔てて自分と千鶴しか存在していないことを唐突に実感する。
自然に総司の足が柔らかくそよぐカーテンを越えて千鶴が眠るベットへと向かう。
たった一枚のカーテンを捲って、カーテンで遮られた空間へと身体をすり込ませる。
そこには山南の言葉どおりベットの上で眠る千鶴の姿があった。
その寝顔には苦悶の色はなく規則正しく刻まれる寝息にホッと安堵する。
千鶴の穏やかな寝息がだけが総司の鼓膜を刺激して、総司は身じろぎ一つもせずにただ千鶴に魅入る。
今まで総司はその想いを口にしたことなどない。
いつも冗談にのせて本心は隠してしまっていたからだ。
ただ、彼女を不幸にしてしまいそうなことが怖くて。
何故そう思うのか理由は自分でも分からない――。
ふいに千鶴の唇が微かに動く。
『ずっと――さんといっしょに、ずっと・・・』
言葉は音になって総司に届くことはなかったが動いた口の形からなんとなく意味を感じ取り、総司は一瞬だけ息をのみ身体を緊張させる。
音にならなかったその言葉は自分に対してのものではないかもしれない。
けれど――――
息を吐き出して身体の緊張を解すと、ゆっくりと腰を屈める。
総司の唇が千鶴のそれに重なった瞬間、サラリと二人の身体を優しい風が撫でていく。
それと同時に千鶴の閉じられた目端に涙の雫が煌いた。
ほんの一瞬、ただ触れただけの口付け。
けれど、その熱は確かに唇に残っている。
「僕の心は永遠に千鶴ちゃんのものだよ――」
初めて言葉にした本心。
けれど、それは誰の耳にも届くこともない。
ただ、二人だけのこの場所の空気を震わせると、瞬く間に風にのって溶けていったのだった
【了】
★♪後書き♪★
はい、第5話の番外編でございました。
めちゃくゃに山南さんが出張っています・・・。
当初はこんなにたくさんの登場はしないはずだったのだけれど(汗)
いつもと違って沖田さんのちょっと弱い部分も出してみました。
いかがだったでしょう??
では、お読みいただき、ありがとうございました!