偽りに隠れた真実(3)
今回は(1)の沖田視点となります!
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千鶴ちゃんの手から色とりどりの金平糖が零れ落ちて地面へと散らばっていく。
その柔らかな白い手を僕の手が包み込んだからだ。
僕たちの周りに散らばったそれは陽の光を受けてきらきらと煌いているけれど、僕の目が捉えている煌きは2つだけ。
「千鶴ちゃん、僕は君が好きだよ。少しも離れていたくないんだ」
それは黒真珠のように煌く千鶴ちゃんの瞳だけ。
その瞳を見つめながら僕は心を込めて愛の言葉を告げた。
いつものような嘘か本当か分からないような戯れの言葉に混ぜるでもなく”真実”だけを。
愛しい想いを真剣に告げるって、結構恥ずかしいものなんだね。
自分でも顔が熱くなるのを感じる。
顔を赤くしている僕に対して、千鶴ちゃんは混乱しているのか口をパクパクとさせて顔を蒼白とさせていた。
・・・まぁ、理由は分かってるけどね。
お日様の匂いがする千鶴ちゃんの華奢な肩に顔を埋めた僕は口元に笑みを刻みながら昨日のことを思い浮べていた。
島原潜入の件で協力を申し出たあの娘が屯所へと尋ねてきたのは突然のことだった。
千鶴ちゃんが”お千ちゃん”と呼んでいる娘だ。
どうやら千鶴ちゃんに会いに来たようだった。
”お千ちゃん”の姿を目に留めた千鶴ちゃんは、よっぽど嬉しいのか満面の笑顔を浮べた。
千鶴ちゃんのそんな笑顔を見たことがなかった。
常から笑顔を見せてはくれてはいるけど、でも今ほどの笑顔を見たことはなかった。
女の子同士の気安さみたいなものもあるんだと思うし、男所帯で千鶴ちゃんの気苦労が多いからなのかもしれないけど。
それを分かっているから、近藤さんも千鶴ちゃんに一時の息抜きを与えてあげたくて許可をしたんだと思う。・・・あの土方さんまでもが。
僕もそれは分かっているけど、僕にはそんな笑顔を向けてくれることなんてないのに・・・なんて、面白くない心持ちになってしまう。
僕には困ったような顔しか見せてくれないし、すぐに僕から視線を外してしまうのに。
確かに僕が千鶴ちゃんをからかうからっていうのも分かるけど。
でもやっぱり面白くないものは面白くない。
まぁ、顔には出さなかったけど。
許可を出したはいいけど屯所の中を二人だけで歩かせるわけにもいかず、たまたまその場に居た僕が二人に付くことになった。
「じゃぁ、時間になったら迎えに来るから」
「はい、お願いします」
襖を閉めて一旦その場を離れたけど、しばらくしてまた千鶴ちゃんの部屋の前に戻った。
部屋の中からは二人の楽しそうな会話が漏れ聞こえ、時おり笑い声も混じっている。
そんな声を聞きながら、気配を消した僕は刀を抜き腰を下ろす。
僕が二人に付くのは部屋までの間だけじゃなかった。二人が部屋の中に居る間もそれは続く。
(あの鬼副長の指示で)監視も兼ねて事情を知らない隊士に見つからないように見張ることになっていたから。
まぁ、本来女人禁制の屯所に二人も女人が居るんだから注意をするに越したことはないよね。
そんなわけで、千鶴ちゃんの部屋の前に陣とることになった僕はある会話を耳にしてしまうことになった。
それは偶然なのか必然なのか・・・。
千鶴ちゃんの部屋の前で、暇な僕はぼーっと空を眺める。
その間も千鶴ちゃんたちの声が自然と耳に入ってくる。
女の子っておしゃべりが好きだなぁ、って思っている間にも清々しいほどの青空では白い雲が風にのって気持ちよさそうに流れていっている。
それがしばらく続いていたんだけど、途切れることのなかった声がふと止んだ。
途切れたことに気も留めずに僕はそのまま空へ視線を向けていた。
けれど、僕の耳に唐突に飛び込んできた言葉があった。
それは千鶴ちゃんのものではなく、あの娘のものだった。
「そういえば、この前言ってた”気になる人”とは何か進展はあった?」
「えぇ!!??」
”気ニナル人”トハ何カ進展ハアッタ?
どういうこと?
千鶴ちゃんには想う人がいるってこと?
それが僕ならいいのにと思うけど、それと同時に僕ではないとも思う。
僕が知っている千鶴ちゃんの表情は、どれも困ったようなものばかり。
僕の言葉に顔を紅く染めることもあったけど、それはそういう言葉に慣れていない少女なら当たり前のこと。
僕じゃなくても恥ずかしさで紅く染めるだろう。
現に何度かそんな場面を目の当たりにしてるし。
僕の中に焦燥と黒いモヤモヤとしたものが生まれる。
まだ千鶴ちゃんには早いと思っていた。
この間の島原潜入の一件で千鶴ちゃんは”子供”なんかじゃないって気づいていたはずなのに。
簪を挿しなおす僕の指に、僕の言葉に、綺麗に着飾っていても常と変わらない千鶴ちゃんに”あぁ、この娘にはまだ早いんだ”と勝手に納得していた。
僕の中で焦りばかりが募っていくというのに、僕のこの想いなんか知らない二人の会話はどんどんと進んでいく。
それはまるで遠くの出来事のように感じる。
実際は障子一枚隔てただけだというのに。
「千鶴ちゃんの”気になる人”に千鶴ちゃんの目の前で食べさせてちょうだい」
「どういうこと?」
「この金平糖ね、ホレ薬入りらしいわよ」
「えぇ、ほ、ホレ・・・!?」
「ね、千鶴ちゃんも”気になる人”に試してみたら?」
けれど、そんな僕の耳に断片的な単語が飛び込んできた。
金平糖?ホレ薬?・・・”気になる人”に試す?
心臓がドクンドクンと大きな音を立てている。
けれど、そろそろ時間だと思い当たり冷静を装って襖越しに声を掛けた。
そして千鶴ちゃんの慌てた様子の返事とともに襖を開く。
「千鶴ちゃん、もうすぐ時間だよ」
「は、はいっ!!」
襖を開けると、慌てた千鶴ちゃんに対して彼女は落ち着いた面持ちで千鶴ちゃんへ声援を送っているところだった。
「じゃぁ、千鶴ちゃん頑張ってね」
ソレが何のことか知ってるクセに僕は何気なさを装って千鶴ちゃんへ問いかけた。
「なに、何の話?」
「いえ!な、なんでもないんです!!気にしないでください!!」
「ふぅん、そう?まぁ、僕も君の事なんて興味ないけどね」
興味ない、なんて嘘。
こんなに気にしてる。
千鶴ちゃんがそう答えるのは当たり前なのにね。
でも僕は何だかそれが気に入らなくて冷たい態度をとってしまったんだ。
この時、僕も余裕がなかったんだと思う。
現に僕は苛ついていたしね。
「沖田さん、さっきの聞いてましたよね?」
「何のこと?」
千鶴ちゃんを食事の準備へと促し、僕は彼女と二人で表門までの廊下を黙々と進んでいた。
けれど、突然彼女は僕へと静かに言葉を発した。
何を指した言葉なのか当然気づいていたけれど、僕は知らないフリを通す。
「”金平糖”のことですよ」
「金平糖がどうかしたの?」
「・・・沖田さんって金平糖お好きでしたよね」
「・・・それがどうかした?」
「気になるなら食べてみたらどうですか?」
「は?」
「後は沖田さん次第って話です」
「・・・・」
短い会話を交わしただけですぐに表門へと着く。
彼女は意味深な笑みを浮かべながら僕に向く。
「送っていただいて有難うございました。・・・沖田さんも頑張ってくださいね」
それだけ言うと、彼女は踵を返して去っていく。
その姿は段々と小さくなり、やがて見えなくなった。
僕は理解しているんだと思う。
たった今、交わした会話の意味を。
「んー、どうしたものかなぁ」
さっき部屋を出る間際、千鶴ちゃんの手の中には桜色の包みがあった。
多分、それのことだと思う。
・・・千鶴ちゃんがソレを使うとは思えない。
だけど、貰ったものを返すことも捨てることも出来ないだろうことは容易に予想がついた。
やがて僕の脳裏にあることが浮かび、”その時”を虎視眈々と狙うことにした。
けれど、鬼畜土方さんに用事を言いつけられて忙しそうな千鶴ちゃんを見るだけでこの日は機会が巡ってこなかった。
その次の日・・・つまり、つい先刻--
”その時”はやってきた。
悶々としたものを抱えながら稽古をつけていた僕はいつも以上に手加減が出来なかったと思う。だけど、そのおかげか少しだけスッキリしたような気はしていて、やっぱり身体を動かすって気持ちいいんだなって思いながら通りかかった縁側でそれは佇んでいた。
お茶が側に置かれていることから休憩中だとすぐに気づく。
そして手の中には、あの桜色の包みがある。
僕の口元は自然と弧を描く。
けれど、それをすぐに元に戻して休憩中の千鶴ちゃんへと声をかけた。
「あれ、千鶴ちゃん休憩中?」
「っ!!は、はい。お疲れ様です、沖田さん」
「ふーん。じゃぁ、僕もちょっと休もうかなぁ」
いつもの僕を崩さないまま千鶴ちゃんの横に腰掛ける。
そして千鶴ちゃんの手の中にある金平糖へと手を伸ばした。
千鶴ちゃんが呆けたような声をあげる。
「あれ、金平糖?少し貰うねー」
「え・・・」
僕が金平糖を口に入れるのを見た千鶴ちゃんは身体を硬直させてしまう。
その様子を横目で見ていた僕は笑いそうになるのを堪えながら金平糖の甘さを舌に感じる。
それはほんわりと口の中全体に広がっていく。
僕は”あぁ、やっぱりね”と思いながら、硬直している千鶴ちゃんへと顔を向けた。
「んーー。やっぱり疲れた時は甘いものが一番だよね、千鶴ちゃ・・・」
千鶴ちゃんを視界に捉えた瞬間、僕は身体をピクリと止める。
僅かな沈黙が生まれる。
一応、僕にも心の準備ってものが必要だ。
素直になるための・・・。
そして僕は彼女の手を己の手で包み込む。
それは証拠隠滅も兼ねていたんだ。
彼女の手の中に残っていた”証拠”が地面へと散らばっていくのに気も留めずに素直な想いを言葉にする。
「千鶴ちゃん、僕は君が好きだよ。少しも離れていたくないんだ」
こうして今に至っているってわけ--
千鶴ちゃんが混乱しているのを分かっていながら、その身体に腕をまわして抱きしめる。
そして、僕は少しだけ意識して彼女の耳元へ囁きかける。
「ね、千鶴ちゃんは僕のこと嫌い?」
「い、いえ、そんな嫌いなんて・・・・」
「本当に?じゃぁ、僕のこと好きなんだ?」
「へ?いえ、あの・・・」
「嬉しいな、僕たち相思相愛なんだね」
「え、えぇぇええ!!???」
「”嫌だ”って言っても、もう離さないからね」
「うっ、え、あ・・・」
ねぇ、千鶴ちゃん。
確かに、これは”偽り”。
でも、紛れもない”真実”でもあるんだよ。
【つづく】
††後書き††
お読みいただき有難うございます!!
いかがだったでしょう?沖田ヴァージョンは・・・。
さて、気づいていたとは思いますが、沖田は”素”です!
”素”で甘いものを放っていたんです(^。^;
知らない千鶴ちゃんと、それを利用して徐々に陥落させようとしている沖田!
この先も気ままに視点を変えていこうかと思ってます♪